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福岡高等裁判所那覇支部 昭和51年(ネ)29号 判決

控訴人(被告 反訴原告) 日本航空労働組合沖繩支部

被控訴人(原告 反訴被告) 日本航空株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の本訴を却下する。

3  被控訴人の本訴請求を棄却する。

4  控訴人と被控訴人との間において、控訴人が別紙物件目録三記載の建物の一部につき、訴外全日本航空労働組合と同一条件に基づき、組合事務所として使用する権利を有することを確認する。

5  訴訟費用は第一、二審とも、本訴、反訴を通じ被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

(本訴)

一  被控訴人(請求原因)

1 控訴人は被控訴人に対し、別紙物件目録一の(二)記載の建物(以下「本件第一建物部分」という。)につき使用貸借権があると主張している。

2 しかし被控訴人と控訴人間には本件第一建物部分につき、使用貸借関係はないので、控訴人に対し、使用貸借権が存在しないことの確認を求める。

二  控訴人

1 本案前の主張

被控訴人の本訴請求は、本件第一建物部分につき、控訴人が使用貸借権を有しないことの確認を求めるものであるが、右建物部分の貸借関係については、既に和解により解決がなされており、現時点では控訴人と被控訴人間には紛争は存在せず、したがつて過去の紛争に対する確認請求であるから訴の利益はない。

2 請求原因に対する認否

請求原因1項の事実は認め、2項は争う。

3 抗弁

(一) 控訴人は被控訴人会社の従業員一万三〇〇〇名中、約三七〇名をもつて組織する日本航空労働組合の沖縄における支部である。

(二)(1) 訴外旧日本航空労働組合(以下「旧日航労組」という。)は被控訴人との間で昭和三七年初めころ、組合事務所の貸借について合意をした。

(2) 又は旧日航労組と被控訴人は、右のころ、本件第一建物部分を組合事務所として使用することを目的とする、期限の定めのない使用貸借契約を締結した。

(三)(1) かりに右が認められないとしても、被控訴人は昭和四一年三月ころ、旧日航労組に対し、本件第一建物部分を日本航空民主労働組合と折半して使用することを申込み、旧日航労組がこれを承諾したことによつて、被控訴人と旧日航労組間に、組合事務所貸借の合意がなされた。

(2) 又は右のころ、旧日航労組は被控訴人との間で、本件第一建物部分のうち旧日航労組がその後使用を続けた二分の一の部分を組合事務所として使用することを目的とする、期限の定めのない使用貸借契約を締結した。

(四) 旧日航労組は旧日本航空株式会社の労働組合として結成され、訴外日本航空整備労働組合(以下「日整労組」という。)は旧日本航空整備会社の労働組合として結成されたが、昭和三八年後者の会社が前社の会社に吸収合併され被控訴人会社となつたため、右両労働組合も合同することとなり、昭和四一年七月一六日、一七日の各臨時大会においてそれぞれ新組合の設立時をもつて解散する旨の決議を行い、同年八月二六日ないし二八日の新組合設立大会において旧日航労組及び日整労組の各所属組合員が加入して新たに日本航空労働組合(以下「日航労組」という。)を設立し、右労働組合は、旧日航労組の権利義務を承継するに至つた。

三  被控訴人

1 本案前の主張に対する反論

控訴人は本件第一建物部分につき使用権を有する旨主張し、被控訴人の明渡の要求に応じなかつたので被控訴人は控訴人に対し、右建物からの退去を求める仮処分命令を申請した。ところで右仮処分命令申請事件(那覇地方裁判所(ヨ)第二二八号)において、被控訴人と控訴人間に、(イ)控訴人は一九六九年(昭和四四年)一二月三一日限り右建物から退去する。(ロ)被控訴人は本訴判決確定に至るまで控訴人に対し、組合事務所を提供する。旨の和解が成立し、右和解に基づき、被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録二記載の建物部分を組合事務所として使用させている。

右のとおり右和解条項(ロ)の効力は本訴請求の確定を解除条件とするものであるから、右和解の成立をもつて確認の利益が失われたということはできない。

2 抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)の事実は認める。

(二) 同(二)のうち被控訴人が旧日航労組に対し、昭和三七年四月ころ、本件第一建物部分を組合事務所として返還時期を定めず無償で貸与したことは認める。

(三) 同(三)は否認する。

(四) 同(四)の事実は認めるがその主張は争う。

3 再抗弁

かりに被控訴人と控訴人間に本件第一建物部分につき使用貸借契約が存在するとしても、被控訴人は昭和四四年一二月三日、控訴人に対し、同月三一日をもつて次に述べる理由により、使用貸借契約を終了させる旨の告知をした。

被控訴人は訴外合資会社井筒屋から別紙物件目録一の(一)記載の建物を賃借して沖縄支店事務所として使用し、控訴人は右建物のうち本件第一建物部分を組合事務所として使用していたが、被控訴人は営業上の必要から別紙物件目録三記載の建物に右事務所を移転することになり、訴外合資会社井筒屋との間の前記賃貸借契約は昭和四四年一二月末日をもつて合意解除され、前記建物を明け渡した。

当時控訴人の組合員はわずか四名であり、かつ、それぞれ勤務先が相異している状態であり、過去の取扱例からみても組合事務所を設置しなければならない必要性はない。

以上のとおり、被控訴人の前記解約告知は正当な理由に基づくものである。

四  控訴人

1 再抗弁に対する認否

再抗弁事実のうち被控訴人の沖縄支店の営業所が被控訴人主張のころ被控訴人主張の建物に移転したことは認めるが、その余は否認する。

2 再々抗弁

組合事務所は労働組合活動の場所的中心であり、又控訴人は被控訴人の企業内組合であるから、労使慣行上、控訴人は被控訴人の企業施設の一部を組合事務所として利用する権利がある。したがつて被控訴人が代替事務所を提供することなく一方的に控訴人と被控訴人間の貸借契約を解約することはできない。

又、被控訴人の沖縄支店は昭和四四年一二月一七日、本件第一建物部分の存在する別紙物件目録一の(一)記載の建物から別紙物件目録三記載の建物にその営業所を移転した際被控訴人の沖縄支店内に控訴人と共に併存する訴外全日本航空労働組合沖縄支部(第二組合)に対し、その営業所の一部を組合事務所として貸与しながら控訴人に対しては組合事務所の貸借契約の解約告知をすることは、右訴外人に比して控訴人を不利益に取り扱うものであるから不当労働行為に該当する。

以上述べたところにより明らかなように被控訴人の控訴人に対する本件第一建物部分についての貸借契約解約の告知は権利の濫用であるからその効力を生じない。

五  被控訴人

再々抗弁事実は認めるがその主張は争う。

(反訴)

一  控訴人(請求原因)

1 被控訴人は再々抗弁で述べたとおり営業所を移転し、その際訴外全日本航空労働組合沖縄支部に営業所の一部を組合事務所として貸与している。

2 被控訴人の沖縄支店平井総務課長は、被控訴人を代理して右営業所移転の直前である昭和四四年一〇月二七日、控訴人との間に組合事務所貸借契約を締結した。

3 かりに右2の事実が認められないとしても被控訴人は昭和四八年二月、組合事務所貸与基準を日航労組に提示したが、右貸与基準は貸与の可否決定の基準としてその第1項において「事務所を必要とする支部の組合員数が原則として五〇名であること。但し従来から占有使用している事務所については、当該支部組合員数が五名以上ある場合には貸与方申し出があれば、特に業務上支障がない限りその使用を認める。」旨定めている。

日航労組は右但書中の員数の制限の要件につき異議があるため右基準に合意しなかつたが、被控訴人は日航労組大阪支部に対する組合事務所貸与は、右組合事務所貸与基準に基づくものであるとして右基準を撤回することなく、これを維持している。控訴人の組合員数は昭和五二年一二月九日現在、六名となつたので右基準の要件を充足している。

4 かりに右事実が認められないとしても組合事務所は「団結権の物的基礎」として組合活動にとつてなくてはならないものであり、企業施設内に設置される歴史的な必然性と現実的な必要性がある。その意味では組合事務所の貸借関係は法的に組合にとつては「団結権」そのものであり、使用者にとつては「団結権承諾義務」の履行にほかならない。したがつて使用者による組合事務所の明渡請求、貸与拒否又は使用妨害があれば右の団結権は侵害されるから、右団結権侵害行為を排除するため憲法二八条に基づき使用者に対する妨害排除請求権が発生する。被控訴人は控訴人に対し、控訴人が本訴における主張で述べたように控訴人が組合事務所として使用していた本件第一建物部分について明渡しを求めた。

右妨害排除請求権の機能のうち本件に関し最も実態にそくした救済方法は侵害(不当労働行為)を排除して不当労働行為がなかつた原状に戻すこと以外にはありえない。

5 よつて控訴人は被控訴人に対し、別紙物件目録三記載の建物の一部につき、控訴人が訴外全日本航空労組と同一条件に基づいて、組合事務所として使用する権利を有することの確認を求める。

二  被控訴人(請求原因に対する認否)

1 請求原因1は認める。

2 同2及び3は否認する。

3 同4のうち被控訴人が控訴人に対し、本件第一建物部分の明渡しを求めたことは認めるが、その余の主張は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  本訴について

1  本案前の主張について

控訴人の本案前の主張に対する判断は、原判決と同一であるから、原判決の理由第一(七丁目表第一行目から同第一一行目までをここに引用する。

2  本案の主張に対する判断

(一)  抗弁について

(1) 被控訴人が旧日航労組に対し、昭和三七年四月ころ、本件第一建物部分を組合事務所として返還時期を定めずに無償で貸与したことは当事者間に争いがない。

(2) そこで右建物部分貸与の法的性質につき考えるに、わが国における労働組合のほとんどが企業内組合であり、これら組合に対し、使用者が企業施設の一部を組合事務所として無償で使用させている例が多いことは顕著な事実であるが、このことからこの種組合が使用者に対し、組合事務所の無償供与を求める慣行上の権利を取得したものということはできない。

一方企業内組合にあつては、使用者は通常その営業所内に組合事務所を設置してこれを利用させていること、右事務所はもつぱら組合活動のために使用するものであること等の点で、組合事務所の貸与関係は、他の住宅や営業所等の貸与関係と多少趣きを異にするとはいえ、右貸与が無償でなされている点を考慮すると、民法上の使用貸借契約に準ずるものと認めるのが相当である。

(3) 次に控訴人は前記旧日航労組の本件第一建物部分についての貸借上の権利を承継した旨主張するので考えるに、旧日航労組と日整労組が昭和四一年七月一六、一七日の各臨時大会においてそれぞれ新組合の設立時をもつて解散する旨の決議を行い、同年八月二六日ないし二八日の新組合設立大会において、右両組合の各所属組合員が加入して新たに日航労組を設立したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実と成立に争いのない甲第一、二号証、乙第一号証及び第三号証並びに原審における証人相馬朝夫の証言によると、旧日航労組と日航労組との間には人的、物的に関連性があり、団体として同一性を持続しているものと認められるから、日航労組は旧日航労組の被控訴人に対する諸権利を承継したものと解するのが相当であり、したがつて日航労組の支部である控訴人は被控訴人に対する本件第一建物部分についての使用借人の地位を承継したと認めるのが相当である。

(二)  再抗弁について

(1) 原審における証人座安清規、同山田民好の各証言によると、被控訴人主張のころ、被控訴人から控訴人に対し、本件第一建物部分の明渡しを求める旨の意思表示がなされたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(2) 被控訴人の控訴人に対する本件第一建物部分の貸与の性質は、前述したとおり使用貸借契約に準ずるものと考えられるところ、右貸借契約には返還期の定めがないことは当事者間に争いがないので被控訴人は返還を請求するに足りる正当な事由があるときは、右貸借契約を解約することができると解すべきである。

そこで右の正当な事由の存在につき考えるに、原審における証人武田登志男及び同座安清規(一部)の各証言によると、被控訴人の沖縄支店は、訴外合資会社井筒屋から別紙物件目録一の(一)記載の建物を賃借して営業所として使用していたが、昭和四四年一二月の中旬ころ営業規模の拡大に伴い右建物から別紙物件目録三記載の建物に移転することとなり、同年一二月三一日付で右合資会社井筒屋との賃貸借契約を合意解除し、別紙物件目録一の(一)の建物を明け渡したこと(被控訴人の沖縄支店が昭和四四年一二月中旬ころ、別紙物件目録一の(一)記載の建物から別紙物件目録三記載の建物に移転したことは当事者間に争いがない。)、移転先の建物は当初、一、二階各一〇〇坪を賃借する予定のところ、一、二階を含め一六五坪しか賃借できなかつたため、営業所が狭隘であつたこと、右賃貸借契約解除の際、訴外全日航労組沖縄支部(第二組合)の組合員数は約五〇名であつたのに比し、控訴人の組合員数は僅かに五名であり、そのうち空港に勤務するもの三名、泡瀬勤務のもの一名で、被控訴人の沖縄支店に勤務しているものは一名だけであつたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。右認定の被控訴人の営業上の必要性、控訴人の組合員数及び組合事務所設置の必要性の度合等を考慮すると、被控訴人のなした本件第一建物部分についての貸借契約の解約には正当な事由が存在すると認めるのが相当である。

(三)  再々抗弁について

被控訴人の控訴人に対する本件第一建物部分の貸与が使用貸借契約に準ずるものであり、正当な事由が存在すれば右貸借契約を解約できること及び被控訴人には正当な事由が存在することは前記認定のとおりであるから、被控訴人は右貸借契約を解約するにつき、控訴人に対し代替建物を提供する義務はないものといわねばならない。

又、使用者たる被控訴人の営業上の必要性と組合員数及び組合事務所設置の必要性の度合を考慮すると、企業内の他の組合に組合事務所を貸与したことが必ずしも不当労働行為となるものではなく、したがつて被控訴人の控訴人に対する前記解約の告知が、権利の濫用ということはできない。

3  以上によれば被控訴人の本訴請求は正当である。

二  反訴について

1  被控訴人の沖縄支店が昭和四四年一二月一七日、本件第一建物部分から別紙物件目録三記載の建物に移転したこと及びその際訴外全日本航空労働組合沖縄支部に対し、右営業所の一部を組合事務所として貸与したことについては当事者間に争いがない。

2  そこで被控訴人と控訴人間で控訴人が請求原因2項で主張するような組合事務所貸借契約がなされたか否かにつき判断する。

原審における証人座安清規、同山川仁裕、同山田民好の各証言によると、被控訴人の代理人である被控訴人沖縄支店の平井総務課長は昭和四四年一〇月二七日、支店の移転に伴う組合事務所問題に関する控訴人との団体交渉の席上、「君達だけを置いて行くわけにはいかない。」「君達のスペースも考えている。」旨の発言をしたことが認められるが、右事実によつてはまだ控訴人主張のような組合事務所貸借契約が締結されたと認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

3  次に控訴人の予備的請求原因について判断するに、成立に争いのない乙第三七号証の一及び当審における証人若月司郎の証言によると、被控訴人は、控訴人主張のような組合事務所貸与基準を定め、昭和四八年ころ、日航労組に提示したことが認められるが、右乙号証によれば、右貸与基準は被控訴人が組合事務所を貸与するに際し、その決定の基準を定めたものに過ぎないと認められる。のみならず、右基準を被控訴人が日航労組に提示したところ、日航労組は右提案を拒絶したため、合意に達しなかつたことは控訴人の自認するところであるから、被控訴人において、右基準を撤回しないとか、又は右基準に基づいて他の支部に対する組合事務所の貸与を行つたことがあつたとしてもそのことをもつて被控訴人と日航労組又は控訴人との間に組合事務所貸借についての合意がなされたと認めることはできない。したがつて控訴人の予備的主張も理由がない。

4  次に団結権侵害排除請求権にもとづく組合事務所貸与の主張につき判断する。

被控訴人と控訴人間の本件第一建物部分の貸与が、使用貸借契約に準ずるものであること、したがつて被控訴人において正当な事由ある場合は、代替事務所を提供しなくても右貸借契約を解約することができること及び解約告知をした当時被控訴人において正当な事由が存在したことは本訴請求に対する判断において既に認定したとおりである。

右によれば、被控訴人のなした組合事務所の明渡請求は、団結権の侵害(不当労働行為)にあたるから、その侵害を排除する権利が発生する旨の控訴人の主張はその前提を欠くものであつて採用できない。

5  以上によれば控訴人の反訴請求は失当である。

三  結論

以上のとおり被控訴人の本訴請求を認容し、控訴人の反訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、控訴人の本件控訴を棄却し、民事訴訟法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 門馬良夫 比嘉正幸 新城雅夫)

(別紙省略)

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